第14回 大人の夜のお遊び 田中尚人
2008/04/02 水曜日

最近ウチの家族は、毎夕食後のカードゲームにハマッている。
8時過ぎから5歳のアイクが風呂に入るまでの1時間ほどの間を、
まずは神経衰弱を2〜3ゲーム、その後はUNOを4〜5ゲーム。
もちろん、熱くなれば気が済むまで、やる。(主に僕なんだけど)
神経衰弱は、夕飯時にビールを飲み過ぎると、真剣にやっても14歳のコータに勝てなくなってしまうから要注意だ。
悔しさを表に出さず、努めて平静を装うには、かなりの忍耐と心の広さが必要なわけだけど、連敗が続くとさすがに「どうして俺は、こんな単細胞のサルに負けなくてはならないのか」と、激しい怒りが沸いてくる。
とはいえ、子どもたちの記憶力というのは、「えっ、それって超能力に近くない?」とゾクゾクするほど冴える時がある。
位置関係で札を覚えようとする大人に対して、子どもってのは全体の絵として札の位置を憶えているのかもしれないね。
UNOの場合は、子どもたちに負けるのはそれほど悔しくないのだが、妻に負けるのだけは、とてもじゃないが許容できない。
特にDRAW TWOや、DRAW FOURカードで執拗に攻めたてられたあげくに負けたりすると、どす黒い怒りがこみ上げてくる。
「よくもまぁ、そんなひどい仕打ちができるもんだな…」
「その勝ち方は、汚すぎる。そこまでして俺に勝ちたいのか」
「いったいこの俺に、どんな恨みがあるわけ?」
「こんなひどい手を使うなんて、とても人間のすることとは思えない」
などと抗議するのだが、「おほほほほ〜」と余裕の高笑いなどを返され、ふっと殺意が芽生えたりもするのだ。
だから、カードゲームとはいえ、ある時点からは、遊びの域を超えて、どこか精神鍛錬の様相を呈してくる。
田中家のゲームルールは厳しい。
1. 相手が誰であろうが、何歳であろうが、決して手加減しない。本気でやる。
2. 負けたものは、気味の悪い勝利の踊りを見せつけられる。
3. 役札上がりや、汚い手を使って勝つと、数日間に渡って人間性を否定される。
5歳児のアイクは、負けた悔しさで、泣きながら「・・・モウ、UNOナンテ、ヤラナイッ」とこぼすこともあるが、「なに泣いてんだよ、これはゲームなんだからさ。遊びだよ、遊び」などと取り合ってもらえない。
また、最近PS2でゾンビの殺戮ゲームばかりしている中2のコータも、この時ばかりは、スイッチを切ってUNOに参戦してくる。
ゲーム中の子どもたちは、時には涙がちょちょぎれることはあるにしても、普段見せないような屈託のない笑顔になっている。
こういう笑顔が、たまらなく好きだ。
ただし、大人の僕としては、同じように笑顔をタダで見せるのはしゃくに障るので、表情を読まれないように、かつてなく真面目な顔でプレイし、勝った時だけは「ふはははは!まだまだ、弱いのう、チミたちは」「レベルの低いやつに付き合うのはつまらんが。しかたない、もう1試合付きあってやるから、ほれ、カードを切りなさい」と腰振りダンスをしながらバカ殿に変身するのだ。
「黄昏」(原題On Golden Pond)という映画の中で、ヘンリー・フォンダ扮する気難しいおじいさんと孫の男の子がモノポリーかバッグギャモンで遊ぶシーンがあったが、ここでもおじいさんが手抜きしないでゲームに興じる姿が描かれていた。
ゲームをしながら交わす会話もとても素敵だった。
家庭によって、食後のエンタテイメントは様々であっていいと思うし、田中家のように大の大人が子どもたちをゲームのカモにしている姿をお勧めしたいわけではない。
だけど、ハンドメイドの遊びは、ぜひお父さんに主導してほしいなぁ、と思う。
何日もかけて、子どもとLEGOでジオラマを作り上げるとか。
もちろん、既成ではなくオリジナルで、だ。
たまには、家族だけでカラオケ屋に行って、幼稚園ソングを皆で歌ったり、子どもたちからマイクを奪ってジュリーや百恵ちゃんのメドレーを無理矢理聞かせちゃったり、というのも楽しい。
食事を軽く済ませて、近所の焼鳥屋さんに家族で行き、他の酔客と共にボクシングのタイトルマッチなどをテレビ観戦して、叫ぶのもいい。
オリンピックもワールドカップも、飲み屋で見るとやたらに盛り上がるのだ。
洗面器にタオルと石鹸を入れて、家族で銭湯に行ってみるのも間違いなく楽しいはずだ。
ここで共通しているのは、「子どものためにする」のではなく、「自分たち大人の楽しみに、しょうがなく子どもを付き合わせている」というスタンスだ。
僕らは、日中汗水たらして働いているから、夕食後にやっと遊べるのだ。
日中は、対面もあるから大口開けて笑っていないのだ。
日中、遊んで暮らしている子どもたちとはわけが違うのだ。
だから、子どもたちは、やっぱりカモでいいのだ。
子どもたちにしても、ナントカチャレンジみたいな知育玩具をあてがわれるよりも、背伸びして大人の遊びに参加するほうが、キラキラするのではないだろうか。
大人にしたって、「疲れた」を連呼して漫然とテレビを見てるより、本気で遊んじゃったほうが、疲れもストレスも解消されるはずだ。
そんな遊びを、テレビのお笑い番組に任せっぱなしにしてるだけじゃ、やはり殺風景だ。
同様に、休日のエンタテイメントを浦安のキャラクターショップに任せるのも、悲しすぎる。
田中家のゲームは、ぼちぼち次のステップだ。
僕がいま遊びたいのは、水道管ゲームとカタンというドイツのボードゲーム。
そのうち子どもたちが稼ぐようになったら、オイッチョカブやポーカーで、有り金を巻き上げて、老後の小遣い稼ぎに励むつもりだ。
何しろ子どもたちは、やっぱりカモなんだから。
