第18回 UFOは、きっと存在するのだ 田中尚人
2008/04/30 水曜日

「トウサン、ワルイヒトガ キタラサ コレデ ヤッツケルンダヨ」
5歳のアイクが、おもちゃの刀をシャキーンと抜いて、振り回す。
腰には、仮面ライダーの変身ベルト。
どうも不釣り合いだけど、彼としては完全武装しているつもりなのだ。
そのくせ、「アイク、いま玄関で物音がしたから、偵察してきてくれ」と頼むと
「・・・トウサン、イッショニ イッテヨ」といきなり弱気だ。
「玄関を見てくるだけなんだから、アイクが一人で見ておいでよ」
「イヤ! トウサン、サ、イジワルスルカラ キライ。モウ イッショニ ネナインダカラ、ネッ」
彼の脳みその中は、「ナントカ」レンジャー、仮面ライダー「ナントカ」、ウルトラマン「ナントカ」が活躍し、繰り返し観るDVDのスターウォーズ、そして以前借りてきた「仮面の忍者赤影」もブレンドされて、SFと忍術が渦巻く戦乱の世の中なのだ。
「ダース・ベイダーッテ サ、キカイデ デキテルンダヨ」
「機械は、外側だけだよ。中身は人間だよ」
「フーン、デモ ヘルメット トッタラ ロボットダッタヨ」
「ん? 中からおじさんが出てこなかったっけ?」
「デ サ。 ダースベイダーッテサ、ウークノ トウサンナンダヨ。シッテタ?」
「ルーク?」
「ルーク・オーカーダヨ」
「わはは。スカイウォーカーだろ、それは」
「ルークノ ライトセーバーッテ サ、アオインダヨ」
「デネ。ダース・ベイダーノハ アカインダヨ。トウサン、シッテタ?」
こんな感じの会話が延々と続く。寝る前なんかに始まったら、タイヘンだ。
「デネ、ツヨイ ホースヲ カンジルッテ イウンダヨ」
「うんうん。フォースだろ?わかったわかった。もういい加減、寝なさい。だいたいしゃべる時に、サって言うのは、赤ちゃんみたいだぞ」
「デネ。ルークッテ サ、ダース・ベイダーヲ、サ、 タオサナイト ジェダイニ ナレナインダッテサ。デネ・・・」
「うるさい。早く寝ろっ!」
「アノサ、ソロセンチョウノ ハルコンゴウッテサ、ウチュウデ イチバン ハヤインダッテサ。テイコクグンノ ヒコーキヨリモネ」
「う〜。ミレニアム・ファルコン号だろ〜が。くそ〜、寝れないじゃないか」
「デサ・・・」
「もうやめてくれ。観たくなってきたじゃないか」
小学5年ぐらいまでは、僕もそんな感じだった。
強いビー玉やメンコに名前をつけて、人格を与えてあげた。
ウルトラマンの科学特捜隊の星形トランシーバーが欲しくて、おもちゃ屋さんのショーウィンドーで立ち尽くした。
頭の中では、怪獣が現れた時には、あれを使っていち早くダン隊員やアンナ隊員と交信する自分の姿を思い描いていた。
小3の時は、UFO発見装置(電池やコイルやアンテナを組み合わせて、磁力に異常が出ると分かる仕掛け)を自作して、遭遇のチャンスを待ちわび、丘の上でひたすら空を睨んでいた。
スパイメモが流行った時は、不審な転校生などをターゲットにして尾行したり、暗号作りに余念がなかった。たまに、その子を捕捉して、好きな子の名前とかの極秘情報を拷問によって自白させたのは、やり過ぎだったけど。(後で、そいつが強い兄ちゃんを連れてきて、ボコボコにぶん殴られたから、チャラだけどね)
あの時の僕の世界は、UFOや怪人、怪獣が住めるぐらい広かったのだ。
きっとアイクの世界も同じなのだろう。
保育園から帰ってきて、手ぬぐいや連絡帳を片付けた後、アイクが真っ先に始めるのは、スターウォーズのミニチュアやトミカ、僕と合作したレゴのファルコン号で遊ぶことだ。
ぶつけあったり、基地を作ったり、ブツブツしゃべって、時にはヨーデルみたいなソプラノの鼻歌も飛び出してくる。
彼の世界では、無機質のおもちゃがしゃべったり、戦ったりして、明確に生きているのだ。
夕刊を読むふりをしつつ、密かに観察していると、これがとにかく可笑しい。
テレビや映画、絵本で観たシーンやセリフをうまく繋ぎあわせながら、自分が主人公のストーリーを作り上げている。
僕が怒る時のガサツな言葉使いや、妻の口ぐせ、兄の汚い言葉まで、上手に織り交ぜているが、これは聞いていてがっかりするよ。
すごい観察力なんだよね。
僕がチビだった時、ダイヤブロックではなくて、純正のレゴを与えてもらったことが、とても嬉しくて誇らしくて、日曜日の早朝とか、雨の日などは、ひたすらレゴの箱をガシャガシャガシャガシャかき混ぜつつ、指先の痛みも忘れて遊んだ。
このパーツ探しは、実はレゴタイムの半分を占めているのでは、と思うくらい根気がいる作業。
こうしたレゴ遊びも、成りきり遊びも、妻から見ると「よくそんな遊びに長い時間付き合っていられるわね、子どもはともかくとして・・・」ということみたいな気がする。
事実、付き合えるのだ。
それも子どものためというよりも、始めてしまったら、子どもより真剣になってしまう。
そして完成のあかつきには「どうだ、父さんが作ると凄いだろ〜」、これを言うのがお決まり。
遊びについては、「すごさ」を見せつけたいのが男親なのだろうか。
それって、子どもが何歳になるまで、そういう気持ちを持ち続けるんだろう。
中学3年になったコータになら、まだレゴは負けない。
体力、体格的にはすでに追い越されたが、遊びの世界は、まだまだ僕が先行している。
「すごいだろ」を自慢できる限り、僕は彼らにとって「父さん」でいられる気がするのだ。
「だから、なんなの?」とカミサンから突っ込まれそうだけど、僕にとってはとても大事な点に思えてしまうのだ。

1件
ヒデパパ
2008/05/14 12:24
寝る前のやりとり、笑いました!
飽きずにレゴで遊べる、っていうのはうおくわかります。
男の子だといいですね~(我が家は女の子なのでパパは難しいです)
ずっと「すごい」パパでいたいな、と僕も思います。