第28回 理想は「天才バカボン」一家 川島 高之
2008/10/01 水曜日
~子どもと同じ目線で、真剣に遊ぼう~
はじめまして、子育てブログ初登場の川島です。
10歳の一人息子と共稼ぎカミさんとの3人生活を、「時よ止まれ!」と言いたくなるくらい時間が過ぎるのが惜しいほど楽しんでいます。
なーんて言い切ったら面白くもなんとも無いので、本音を言う。
実は、「家庭と、仕事と、地域と、自分の趣味との間で板ばさみ」に合っているという、
子育てパパに共通の苦労や悩みを持っている。
家事の平等分担が当然と考えているカミさんと、
倒れるまで働くのが美徳と考えている会社の上司たちと、
週末は昼から酒を飲むのが当たり前の地域仲間と、
できれば1人ボーとしながら読書と音楽三昧したい私の間で、
毎日が板ばさみの生活ってこと。
このような中で、板ばさみを解消してくれるのが、息子の存在。
どんなに苦労していても、それを忘れさせてくれるのが、息子との遊び。
あれもこれもやりたいという自己欲を、バサッと諦めさせてくれるのが、息子との時間。
というわけで、そんな息子(コージ君)との生活や育児を、実体験を持ってお送りします。
夫にもっと育児をやってもらいたがっているママはもちろんのこと、
現役小学生パパや、プレ小学生パパたちに、少しでもお役に立つ参考になるように。。。
早速今回、第一回目のテーマは「天才バカボン」。
なんだそりゃ! って感じだろうが、まあ聞いてくれ(じゃなくて読んで下さい)。
最近、5年生のコージやその友だちは「天才バカボン」にはまっている。
そう、「巨人の星」や「ひみつのアッコちゃん」などと並ぶ、昭和後半の大人気アニメ。
流行っているのはコージの学校だけではないようだ。
なんとテレビ神奈川で、しかもあのサザエさんの裏番組として堂々と放映中。
Amazonでマンガ本を仕入れたら、星印がいくつもついていた。
いずれにせよ、懐かしくなった私はコージと一緒に、30年ぶりにバカボンのTVを観てみた。
すると、コージが大笑いした1秒後に、私も大笑い。
コージが腹を抱えた2秒後に私も抱えた。
(反射神経が鈍っているので、どうしても10歳のコージよりは遅れてしまう)
確かに、面白い。
2人並んで爆笑している姿を見て、あきれながら「もうご飯ですよ」と言うカミさんの声を、コージと私は無視し続け、雷が落ちるまで笑い転げていた。
それは置いといて、「バカボンパパみたいなパパがもっと日本に増えればいいのに」って、バカボンのパパ並みに、鼻毛を抜きながら考えてみた。(あれはヒゲではない)
バカボンパパみたいなパパ?
そう、つまり「子どもと同じ目線で、同じ気持ちで、同じテンションで、一緒になって真剣に遊んだりハシャいだりする」ことができるパパのこと。
息子(バカボン)とのチャンバラごっこで、最後はお互いがボコボコになるまで真剣勝負。
息子と一緒に、目の色を変えて野良犬とカケッコ。
息子にゲームで負けた悔しさで夜も眠れず、翌朝起きたら直ぐに再勝負を申し入れ。
なんかいいじゃん、バカボンパパ。 って感じ。
子ども、特に息子にとってのパパは、学べる師匠であり、頼れる先輩であり、大好きなママの親衛隊であり、そして一番楽しめる友だち。
これが理想。
学べる師匠、頼れる先輩、ママ親衛隊については次号以降で述べるとして、今号は「子どもと友だち関係のパパ」について、少し語ってみる。
友だち関係には3種類(段階)があると思う。
一番薄い関係の友だちとは、たまたま隣の席だったので、休み時間に話をする程度のつきあい。
二番目は、放課後、遊ぶ約束をし、時々家を行き来するくらいに仲が良い関係の友だち。
そして一番深い、つまり親友は、しょっちゅう喧嘩もするが、毎日でも会いたくなり、相談ごともし合い、時にはライバルになり、時には戦友にもなり、ともかく「ホモやレズ」じゃないかと異性から疑われるくらいの関係。
この「親友」の関係を子どもと築くには、単に「一緒になって遊ぶ」程度ではなれない。
自分と同じ土俵で、同じ皮膚感覚で、真剣になって一緒に遊ぶ相手だけを、子どもは親友として認める。
よく「友だち感覚のパパ」になろう、みたいことを言われるが、「感覚」では駄目。
また「友だちのように接しよう」とも言われるが、「接する」程度では足りない。
あくまでバカボンのパパみたいに、真剣に体当たりで子どもと一緒に楽しまなくちゃね。
それができるバカボンパパは、文字通り「天才」。
見本にしたいものだ。
ついでに言うと、バカボンも天才。
なぜなら、あんなに優秀な弟が居ても、スネたり妬んだりせず、また弟と自分を比べようともしない。
優秀な親兄弟と自分を比べ、自分が劣っていると思い込み、落ち込んだり、最悪自殺したりする子どもが増えているのが現実である中、バカボンは、優秀な弟を自分と比べることもなく、ひがみや妬みもなく、純粋に兄弟として仲良く過ごしている。
更に、バカボンのママもやはり天才だろう。
なぜなら、息子と一緒になって遊んでいる旦那を、広い心で包んであげ、愛してあげられる女性だからだ。
バカボンパパは、給料が低いし、容姿はブサイクだし、家の手伝いもあまりやらない。でもそれらは男の価値を計るごく一部でしかなく、本質的な価値は別にあるってことを、バカボンのママは知っているのだろう。
だから、バカボンパパを包み込むように愛していることができる。
文字通り、天才バカボンの一家は「天才」。
(ハジメちゃんは、言うまでも無く天才幼児)
いずれにせよ、我々のようなフツーのパパも、別に育児の為にとか、子どもにとって重要だからなどと堅苦しく考えず、単に、せっかくパパやってんだから、子どもにとっての親友という立場を楽しもう、的なノリで、一緒に体当たり的に、子どもと遊び楽しみたいものだ。
そこで、【ママたちへ一言!】
是非、パパ(旦那)には、ガキッっぽいと思うようなことでもいいので、子どもとの真剣な遊びをドンドンやらせた方がいい。 多少、壁紙が破れようが、部屋が汚れようが構わない。
パパと子どもが遊びすぎて宿題を時々忘れても構わない。
また、育児をしないパパに対しては、「たまには子どもを外に連れて行ってよ」みたいな義務感のある要求ではなく、まずはパパが熱中しそうな遊びで子どもにとってもプラスになるものを見つけ出し、それを自主的にやってもらうのがいい。
そのうち、「たまには子どもを放っておいてあげてよ」と言いたくなることだろう。
そして、大きな広い心で、子どもに戻ったパパが、子どもたちと遊ぶのを見守って欲しい。
【パパたちにも一言!】
ガンガン、子どもと真剣勝負で遊ぼう!
育児を、肩肘張ってやろうとしても上手くいかないし、お互いに疲れるだけ。
それらを教科書片手にするのではなく、遊びを通じて行うのが、一番いいと思う。
育児で一番大切なのは、勉強を教えるのでも、片付けをさせるのでもない。子どもに、社会のルールや規律を教え、勝ち負けや競争というのを経験させ、共同や協同体験をさせてあげることだ。
また、週末は昼間からゴロ寝をするよりも、徹底的に子どもと遊び、疲れ果てて夜9時に寝ちゃうほうが仕事の疲れは取れるってこともあるし、ゴルフやパチンコは5年後でもできるが、子どもとの真剣な遊びはあと何年間かしかできないってこともある。
では、次号では、子どもとやる真剣な遊びって、どんなことがあるのか?
色々あるだろうが、我が家の事例を皆さんにお伝えします。



2件
バカボンママ
2008/10/05 19:42
バカボン一家とはなつかしく面白く読みました。パパがいいパパになろう、とかそのような義務感からではなく、子供たちと本気で丸ごと楽しんで遊ぶ姿は、ママからしても(家事や仕事に専念できるからという理由からのみ)ではなく、家族の幸せ~を感じる瞬間だと思います。子供の遊びを通じて社会のルールや規範を学ぶ意味の大きさもその通りだと思います。しかし真剣に遊べても親子はやはり「友達」にはなれません。昨今の躾や教育をしない「友達親子」の持つ弊害を川島さんはどう思われますか?
筆者
2008/10/07 10:21
バカボンママさん、コメント有難うございます。
ママが親子で遊んでいる姿を見て幸せを感じる。
最高ですね、この風景というか家族は。
で、ご質問の「昨今のしつけや教育をしない友達親子の弊害」についてお答えします。
ご指摘の通り、友達関係になっただけで、パパ業として必要なしつけやルールを教えることをしないパパは、正直、パパ失格です。
一方、遊びを通じないでパパ業を全うするのは、今の時代、やや難しいのかなと思います。
あくまで友達関係というのは、「それだけ息子との関係を親密にする」という手段であり、また同時に「どうせ手段を使うなら、楽しんだほうがいい」というものです。
つまり、しつけやルール、社会規範や家族理念を子どもに教える。
そのためには、高所大所からやるのではなく、子どもと一度、同じ目線になり、目を見つめながら教える。
また同時に、難しいやり方ではなく、遊びを通じてやるのが効果的。
そうです、同じ目線になり、遊びを通じてパパ業を担う。
それには、友達的に一緒にゲームやスポーツなどをやりながらが、一番いいのかな、って考えています。