第30回 遊びながらやるパパ育児 川島 高之

2008/10/15 水曜日

イラスト

【男は、できるかぎりサボろうとする】

男の家事育児は、長続きしづらい。
特に「やりなさい、やらないといけない」的な家事育児は。
なぜなら男とは単純な生き物で、「興味あること、楽しめること」には寝食を忘れるが、義務的なこととか、やらなくても済むようなことは、出来る限りサボろうとするからだ。

例えば、大好きなマイカーは、汗水たらして磨き上げるくせに、家に落ちているゴミは、拾おうともしない。
CDを一枚選ぶのに1時間もかけるくせに、スーパーでの買い物は1秒でも早く終らせようとする。
お気に入りのプロ野球チームの選手については2軍まで覚えるくせに、子どものクラスメートの名前は一人も知らない。

そう、マイカーやCDや野球という「興味あること」は、妻の100倍も労力を使うくせに、家事育児として妻がやって欲しいと願っていることについては、妻の1%程度しか使わないのだ。

またこんな例もある。
私はタイのバンコクに住んでいたことがあるが、南国には働かないグウタラな男がたくさんいがちだ。
赤ちゃんをオンブしながら屋台でフライパンを使いこなし調理をしている妻の横で、酒ビン片手に寝っころがっているオッサン(夫だと思う)。
バリバリキャリアの妻が、大きな買い物袋と迎えに行った幼児と共に帰宅し、息をつく暇も無く夕食の準備にかかっている脇で、ランニングシャツ姿の父ちゃんがチンチロリン(サイコロ遊び)をしている。

まあ、男の本質なんてそんなもんなのかも。
やりたくないことはやらない。やらなくても何とかなることはやらない。

そんな男(夫)を家事育児に巻き込むには、方法は3つしかない。
1つ目は、脅す。
2つ目は、泣き叫ぶ。
ただ、この2つは、家庭不和の原因にもなるし、だいいちママ(妻)として、気分は決してよろしくない。
となると、家庭円満でママもハッピーな方法を考えるしかない。
そう、それが3つ目の方法「遊びを通じて家事育児をさせる」だ。

家事については紙面の都合上割愛するが、遊びを通じての育児。
前号で「パパは、子どもと友達関係になって同じ目線で遊ぶ」と申し上げたのは、これを言うためだったのだ、実は…

子どもの教育や育児に関してのパパの役割には、オシメを取り替えることとか、塾の宿題を見てあげることなどいろいろあるが、最も重要な役割とは、家庭の理念や使命を伝え、社会のルールや規範を教え、文化や慣習を伝承すること。

これら重要な役割を、「義務的に、嫌々に」やらせても、男であるパパには続くはずが無い。
いや例え続いたとしても、パパも子どもも、面白くもなんとも無く、教える方(パパ)はストレスが溜まるだけで、教わる方(子ども)は身に付かないまま過ぎていく。

あくまで、理念やルールを教え伝えることを、マイカー磨き、CD選び、野球観戦みたいに楽しみの対象にしちゃうのがいいのだ。

というわけで、前置きが長くなったが、我が家では、どんな遊びを通じて楽しみながらパパ業をやっているか、いくつか事例を挙げてみる。
今号は、その中で室内遊び版。


【室内遊びは楽しいパパ業の場】

「ちきしょー、悔しい。負けるなんて!」という男の声に対し、
「まあ仕方ないわよ、次回がんばりなさい」というママの慰めの声。

「でも、負けるはずは無いのに、なぜなんだろう!?」と更なる男の声に対し、
「親子でも悔しいものなのね」というママの能天気な反応。

さて問題、この男の声の主は?
正解は、私、そうパパです。
息子とのボードゲームに負け、将棋でやられ、クイズ番組で圧倒的な差をつけられ落ち込んでいる私に対し、戦いに勝ち有頂天になっているのは、小5の我が息子。

我が家では、室内遊びも外遊びも、生まれた直後から10歳の今に至るまで、相当量やってきた。息子が小学生になってからに絞ると、室内遊びでは主にボードゲームや将棋などの「オツムを使う」ゲーム、外遊びでは野球やスキーなどのスポーツが多い。

結論から申すと、オツムを使う室内ゲームは、次のメリットがある。
(1) 子どもに、ルールや規律を教える良い手段となる。
(2) 脳軟化に向っている中年パパにとって、脳トレには最適。
(3) 子どもの知力や知恵を向上させるのにすごくいい。
(4) カミさんとのコミュニケーションがよりスムーズになる。

こんなメリットだらけの室内ゲームを親子でやらない手は無い。
社会のルールや道徳を楽しみながら子どもに教えられるし、
一人で脳トレDSをやっている場合ではないし、
塾に通わせるよりも長い目で見れば子どもの知力向上につながるし、
近所の悪口ばかりの会話よりも夫婦間が何倍も楽しくなるからだ。

我が家の最近の流行は、スコットランド・ヤード(Scotland Yard)というゲーム大賞を受賞した世界的著名なボードゲーム。
これは、プレーヤーの一人が「ミスターX」となり、ゲームボード上のロンドンの街を逃げ、残りのプレーヤーがそれを追う捜査官となり、捜査官は互いに連絡を取り、相談しながら見えない敵、ミスターXを追うというもの。
言ってみれば、頭脳を使って盤上で行うドロケー(ケイドロという地域もある)。

カミさんからカミナリが落ちそうになると逃げ、難しい仕事が上司から降りかかりそうになると隠れるという逃げ隠れの名人である私は、息子ごときにこの手のゲームで負けるはずがない。

というわけで、Scotland Yardは、私自身も得意で、尚且つ前述したメリットがあるので、我が家の定番となった。

ちょっと前までは、チケット・トゥー・ライド(Ticket to ride、日本語名は「乗車券」)という、これもゲーム大賞を受賞した頭脳型ボードゲームが流行っていた。
カードとサイコロを使い、アメリカ大陸の駅間に線路を引いていき、相手を邪魔したりされたりしながら、先に駅間の線路が繋がったら勝ちというもの。
言ってみれば、犬がいくつもの電柱におしっこして自分の縄張りを作っていくのを頭脳使って盤上でやるようなゲーム。

部屋中どころか家中をプラレールの線路で埋め尽くし、オーストラリア旅行で一番楽しかったことは成田に向うスカイライナーに乗ったことと断言していたほど鉄っちゃんだった息子は、40代の中年オヤジを負かすのはいとも簡単なようだ。

というわけで、Scotland Yardで負けが込むと、息子はTicket to rideを押入れからノソノソと出してくるのが我が家でよく見られる光景だ。

いずれのゲームも、頭をフル回転させるので、私の脳軟化を防いでくれているのみならず、息子の知力向上や夫婦間の楽しい会話などいいことばかりだ。
そして言うまでも無く、子どもに対しルールや規律を教えるには非常に適している手段となる。
加えて、「上手に生きていく」テクニックを、ボードゲームを通じて学んでいける。

勝つためにズルをした息子に対し、ルール破りは駄目だと説教。
それにもめげずに、ズルを高度化させて再チャレンジする息子に対し、目ざとく見つけてまた説教。
どうしても勝ちたい息子は、ほろ酔い加減の私に、珍しくウィスキーのおかわりを作ってくれ、酔わせて勝とうとする。

このあたりがいい。
ゲームを通じて子どもはルールを守ることについて学ぶばかりでなく、めげずにズルをしようと頭をフル回転させたり、相手の能力を下げるという戦略を打って出るなど社会で生きていくには持ち合わせておきたい能力を身に付けることができるのだ。

また、ちょっとした騙し(だまし)の高等スキルを私が息子に実演しながら、大きなズルを戒(いまし)めるということもできる。
ちょっとした騙しは「要領とか生きる術(すべ)」で、人として必要悪みたいなものである一方、大きなズルを戒めないと平気で犯罪に手を染める大人になってしまう。
これらを教えられるのも、マニュアルではなく楽しみながら行えるゲームだからこそのものだ。

ご参考までに、我が家で流行った室内遊び、息子の学年毎で次のようなものがあった。
小1時代 : ドラえもんの日本一周
各都道府県の名産を覚えられるので、パパもママも楽しい。
小2時代 : 将棋(本将棋)
将棋は、日本人がこんなに頭良くなった要因のひとつだろう。
小3時代 : 人生ゲーム
職業で、サラリーマンの地位(収入)が少ないのがチョイ悲しい。
小4時代 : モノポリー
ガメツ過ぎると破綻するという、人生そのもののゲーム。
今 : Scotland Yard、Ticket to ride


尚、室内遊びは、ボードゲームだけではない。
スーパーボールと布団たたきを使った室内ゴルフ。
座布団を的にしたピッチングゲーム。
目隠しさせて、パートナーの声の誘導で障害物を避けて歩くゲームなど、
家の中は、遊び道具の宝庫だ。

また、ジェスチャーゲーム、絵描きゲームなど、我々が学生時代にスキー場とか合コンで楽しんだゲームも、以外に親子間で盛り上がる。

ちなみに、Wii(ウィー)などのTVゲームも、それなりに面白いし、私もWii野球は息子と時々やっている。
ただ、個人的には、やはりTVゲームよりもボードゲームや将棋などのほうがお薦めだ。
なぜなら、お受験勉強ばかりやって良い学校や会社に入れたものの、対人関係とか社会適応力に欠け、その後の人生で非常に苦労している人と、TVゲームが上手な人が、なんとなく似通っているように思えるからだ。

TVゲームにはコンピュータームというデジタル記憶の限界か、必ずパターン数には制限があり、子どもはそのパターンを覚えようとしちゃう。
となると、パターンをいかにたくさん覚えるか、それへの対応力が勝ち負けを左右する。
これはまるで、お受験でたくさん公式を暗記し、その正解率が人生の勝ち負けを左右しちゃうと「誤解」しているのと同じ。
しかし実際の社会、人生、生活は、無数にパターンがあり、暗記的に覚えられるものではない。

あくまで、パターン化されていないこと、パターンとパターンの隙間に起こったことへの対応力が、優れた人間、良い人柄、友好な人間関係には必要なのだと思う。
そしてそれらは、TVゲームではなく、あくまでアナログちっくなゲームのほうが学べる。

話がそれたが、サボり屋の夫に楽しみながらパパ業を担ってもらう。
結果、ママもパパも子どももハッピー。

次号では、規律などを教えるパパ業ではなく、ママとのコミュニケーションや、パパの地域デビューを、外での遊びを通じて楽しくやることについて述べてみます。お楽しみに。

この商品へのコメント一覧

3件

まじめ

2008/10/22 23:32

テレビゲームには私も反対です。外で泥んこになったり、家の中で将棋などをやっている分には、宿題をやっていなくても怒りがわいてこないのですが、どうしてもテレビゲームをやっている息子を見ると、本能的なのかどうか、おこりたくなります。

かわしま

2008/10/24 07:36

まあ、今の時代、子供に全くDCやTVゲームをやらせないってのも難しいでしょうね。ただ、全く無制限にやらせている親、欲しいといえば直ぐにソフトを買ってあげている親、旅行中も外食中も会話が無く子供はただゲームを黙々とやっている家族。
なんか、いい加減にして欲しい、って思いますね。

かつお君

2008/10/28 01:22

確かに、無理して育児をさせられるのではパパも子供も不幸で、やはり楽しみながらやるようになるのがいいです。
また、受験受験と教育パパになっている人がいますが、なぜなのか私にはわかりません。受験でいい学校に入ることが、何にも増して重要なのでしょうが、子供本人にとって本当にそうなのか、冷静に考えるべきです。