第31回 夫婦喧嘩の作法 田中尚人

2008/10/22 水曜日

イラスト

前回は親子喧嘩について触れたが今回は、夫婦喧嘩。

夫婦喧嘩が減っているらしい。

ということで、講演の際、参加した子育て層の夫婦にそれを尋ねたことがある。
「夫婦生活…じゃなくて。夫婦喧嘩をどのくらいの頻度でしてますか。差し障りない程度で教えてください。」
結果は、
週一回…1組
月2~3回…1組
半年に2~3回…2組
1年に数回…3組
ほとんどしない…7組
参加夫婦は30組ほどいたので、無回答が半数。
無回答をどう解釈するかにもよるけれど、確かに減っている感じだ。

穏やかで優しい夫婦が増えているということなのだろうか。
意思伝達がうまくいっているから、衝突せずに「あ、うん」の呼吸で分かりあっている、ということなのだろうか。

それに比べ、タナカ家の喧嘩は凄まじい。
詳しく書くと、これがまた新たな喧嘩の火種になるので省略するけれど、なにしろお互いに手加減なしの腹式発声で怒鳴りあうので、ピーク時には、いつ通報されてもおかしくないくらいの大騒音になるはずなのだ。
コンクリートが1gも使われていない木造安普請の家なので、隣近所一帯に一言一句全てが筒抜けなのは間違いない。
いつになく激しいバトルの翌日、隣の老夫婦から白菜を頂いた時は、さすがに赤面した憶えもある。
鍋をつついて、仲直りせよ。というメッセージに違いないからだ。

もちろん、鍋をつつかなくても、ウチの喧嘩の大部分は低レベルで些細なことがキッカケになるので、すぐに解決することが多い。
ちょっとした無思慮な返事にムカついたとか、せっかく作ったものを出来立ての熱いうちに箸をつけなかったとか、まぁそんな程度のことだ。

そんな程度、とはいえ、夫婦とはいえ、価値観も美意識も、味の好みも子育ての考え方も、まったく違うはず。ローリングストーンズもカミサンにとってすれば堪え難い騒音でしかない。
衝突しないほうが不自然だと僕は思っている。

結婚前、共通点を探しては一喜一憂してた懐かしい幻想の日々があったような気がするけれど、子どももできて、毎日顔をあわせていれば、お互いの違いを我慢するか、受け入れるか、相手を屈服させるか、その度にぶつかりあうか、選択肢はそんなに豊富にはないのだ。

子育てについては、特にその違いがむき出しになるはず。
だって、誉め方も叱り方も、見せたいテレビも遊び方も違うんだから、当然だよね。

だけど常識的には、
子どもの前で絶対に夫婦喧嘩してはいけない。
教育方針やしつけについて「親は一枚岩」でないといけない。
子どもの前では、常に親として良い見本を示さなくてはいけない。
要するに、「いい先生」を装わないといけないのだ。

子どもが傷つくから、子どもが迷って不安定になるから、という配慮なのだろう。
だけど、それじゃあ、息苦しくないかな。
いつ、気兼ねなく自分に戻る機会が来るの?
子どものことばっかり気にして、いつまで自分を消し続ければいいの?

そういうもんだ、という思い込みが、自分たちを閉じ込め、ストレスを鬱屈させているんじゃないかな。

子どもにしたって、幼稚園でも塾でも習い事でも、「先生」に包囲されて生きてるってのに、家でも「先生」が二人がかりで向かってきたら、24時間先生だらけで、たまったもんじゃないよね。

それにさ、傷つけずに大事に大事に育ててるうちに、子どもは逆に傷つきやすく、壊れやすくなるってこともあるんじゃないの?

で、夫婦間の鬱屈が溜まることで、外部要因、例えば学校や塾やサービス施設でのちょっとしたトラブルに、そのはけ口を見つけて暴発暴走しやすくなるわけ。

いわゆるモンスターペアレンツだ。
本来、妻と夫では処し方が違って当然なのに、外部からの刺激に対しては「一枚岩」となって全知全能をぶつけてくる。

日頃、夫婦間での衝突を避けて鬱屈が溜まってピリピリしている上に、夫婦喧嘩の作法を学習していないから、別々の解釈ができず、「一枚岩」にならざるをえない。
外部から持ち込まれる問題を家族、人格への「攻撃」と見なして、弁護士やマスコミへのリークを匂わせて、「被害者」として高みから声を上げるのだ。

根底には、教育も行政もすべて平等に受け取るべき「サービス」であるから、なにか支障がある場合は「言わないと損する」という姿勢と、立場上、弱い相手にしか攻撃しないという、実に嫌らしい面も見え隠れもする。

クレームをすることが日常化する世界は、何よりも子どもを狭量にしてしまう。
公園で子どもたちの遊び声がうるさい、と老夫婦が行政に文句をつける。
空き缶を蹴りながら帰る音がうるさいし危険、と通学路の住民が文句をつける。
越してきた若夫婦にできた赤ちゃんの泣き声がうるさい、と文句をつける。
ぶつかったら怪我をする、ということで、道路、公園でのキャッチボールを禁止する。じゃあ、どこでやればいいの?
保育園では、子ども同士の喧嘩は、見つけ次第すぐにストップさせる。子どもたちも、ちょっとしたトラブルでも、すぐに先生にチクる。喧嘩の解決方法は、いつ学べばいいの?
子どもの服が汚れると、ヤフオクで売れなくなる、という親のクレームを避けて、泥遊びや砂場遊びを特別扱いする。もちろん汚れていい服を持参させる。
そんな親のクレーム処理で、先生が磨り減り、教育の現場が荒れていく。
こんな具合で、すべてのしわ寄せとして、子どもの伸び伸びした発育に逆行することになる。

これらすべてが夫婦バトルレスに起因する、とまでは言わない。
だけど、バトルレスの減少とモンスターペアレンツの増加が反比例していることは偶然とは思えない。

夫婦が開けっぴろげに喧嘩して、どうやって解決に至ったのかを子どもたちが見てしまうことで、彼らは喧嘩の解決について学ぶこともできる。
喧嘩を含めて自由な会話を重ることで、「一枚岩」のモンスターに化けてしまう前に、ニンゲンに戻れる。

夫婦は違う生きもの、とお互いに認めあえば、
「勉強しなさい」と質より量を求めるママと、「今のうちに遊んどけ」というパパが共存できる。
「もっと遊ぼうぜ」と子どもを誘うパパに、「じゃあ、そのまま一緒に勉強すれば?」とママが切り替えられる。
夫婦同時に「勉強しなさい」、じゃなくて、ね。

「この小学校を受験するなら、あの塾に行って、あの過去問を取り寄せないと」と自分のこと以上に慌てる妻に、「他の子と同じことを勉強したって、特色をアピールできないんじゃないかな。ウチの子なら、素のままでもかなりイケるぜ」とペースダウンさせてあげられる。
間違っても「僕はなにをすればいい?」なんてママの指示を仰いだりはしない。

喧嘩してタンコブを作った子どもの園に、「打ちどころが悪かったら、一命に関わる。粗暴な子の監督強化してほしい」と熱くなるママに、「子ども同士の喧嘩は自分たちで解決させないと、逆に弱虫のいじめられっ子になっちまうぜ」と別の見方ができる。

ということで。
夫婦の会話は、最終的に二人の合意や決着を導くものである以前に、お互いの違いを聞きあうところからスタートしたい。
「いい親」を背負う以前に、夫婦がお互いに素の自分、そして男と女であるところからスタートしたい、とキレイに結んでみたい。
とはいえ、夫婦喧嘩の掟は、妻に勝ってはいけない、ということなのかと、舌打ちをしつつ。

この商品へのコメント一覧

6件

うみ

2008/10/22 18:55

ありますね〜子どもの「一生」「死ぬまで」
「一生のおねがいだから、○○買って」
「もう、○○ちゃんとは死ぬまで遊ばない」
って、おいおい、いきなり「死ぬまで」はないでしょう。

話変わって。
モンスターマザーとかモンスターファザーじゃなくて、
「モンスタペアレンツ」て、そういうことだったんですね。
家庭の中で逆フィードバックがかからず、
どんどん一つの方向に突っ走ってしまう・・・
内向きの家庭は、親も子も、周りもつらいものがありますね。

a

2008/10/23 10:33

言わんとしている事は分かるけど、そんな単純な話でもないんじゃないかなぁ。
確かに田中家はそれで上手く行っていそうだし、同じ様に、そうやって開けっぴろげにケンカをしている家庭で上手く行っているところもあるだろうけど、反面、ケンカの絶えない環境で本当に傷ついている子供も確かに居るだろうし、夫婦が一枚岩になって平和な家庭を築いているところもあるんじゃないかと思います。
それは親の性格、子供の性格、環境、時代、その他色んな要因が絡み合って結果が出ることなんじゃないかなぁ、と思います。

さきまま

2008/10/24 09:42

私のまわりでは、夫婦喧嘩の話をよくしますよ。
そういえば、おしゃれなママたちは、そんな話、しないみたいだけど・・・

うちの場合、主人はすぐ黙り込んじゃうし、本音を言わないで逃げるし、余計に頭にきちゃいます。それでも翌日、お菓子をおみやげに買ってきたりするの。ただのヒステリーだと思っているのね、魂胆が見え見えなのよね。

月2、3回です

2008/10/28 10:44

毎回マンガがとっても楽しみです。
これってまとめて本になったらいいのに。

それから、田中パパに。
やっぱりお互いに他人なんだから、喧嘩するのは自然ですよね。
だから運動会とかで表向き仲良しのラブラブ夫婦見てると、嘘っぽいわねぇって、思っちゃいます。ちょっと羨ましいけど。

akihiro

2008/12/04 23:12

2歳と1歳の男の子の母親です。1歳の子は心臓が悪く生まれましたが、無事手術も終わり回復を待っているところです。2歳の子は元気いっぱいです。突然ですが、主人との子育てについての考え方が違い、この話になるといつもけんかに終わります。主人は仕事でほとんど家に帰らず、子育ては私。私の母、姉に毎日手を貸してもらっています。主人は電話で子供の口の聞き方が悪いと『今度顔見たら叩くぞ』などど言ってきます。次男の事となると、やれ『普通じゃない』だの『期待してない』だの言います。私は親は子供に手を差し伸べるものだと思います。主人から言わせれば私の方が間違っているような言い回しです。長男が犠牲になってるとも言います。私は長男は『弟を守る』という気持ちが芽生えるように教育しているつもりです。主人と話してもいつも平行線に終わります。成長していく中で今後とても不安です。

田中尚人

2008/12/08 13:21

akihiroさん、書き込みありがとうございます。
子育てについて、妻と夫では考え方が異なるのは、本来自然なことです。でも書き込みを読む限りでは、考え方の違い以前に、父親の子育てへの関心の低さが最大のポイントですね。
1、2歳児への態度行動もずいぶん自己中心的な様子。
こうした男性には、話し合いでの解決は難しく、かえって逆効果にもなります。

共通の友人がいるのであれば、その人に話を聞いてもらったり、あるいは専門のカウンセリングを受けるというのも手です。
家族の問題は、夫婦だけでは解決できないこともたくさんありますから、他者に打ち明けることも大事だと思います。
なるべくネットに頼らず、生身の人間同士で考えあうことがまず第一歩です。
また、一定の距離を置くことも長い夫婦関係の中では心の切り替えになる場合もあります。
実は僕も、妻に一週間の家出をされたことがあります。
ずいぶんこたえました。身にしみました。
ただ、くれぐれも子どもたちに害が及ばないよう、配慮は必要です。どうぞゆっくりと、笑顔を忘れずに取り組んでください。