第37回 父親というロールモデル 田中尚人

2008/12/03 水曜日

イラスト

年内の僕の回はこれでラスト。

連載再開してからの3ヶ月間、世の中も凄まじく変動して、ますます暮らし辛くなってしまった。
我が家の食生活も大幅に変えざるを得なくなった。

パンとバター、チーズが20%程値上がりしたので、朝食はお米や餅を食べるようになった。(個人的には歓迎)
期限切れ間近の特売シールに目ざとくなった。
野菜を余らせないために、とても命名できないような不思議な寄せ鍋料理が増えた。
産地偽装や薬物汚染物混入など犯罪行為のために、国産品すら信用できず、結果的に産直の高い品に手を出すことになった。
だいたい、汚染物質や有害物が「安全基準の○%以下なので、ただちに健康に害を及ぼすことはない」という毎回の言い訳は、まったく理解ができない。
何十年後かに害が顕在化する可能性、あるいは濃縮遺伝によって次世代に変異が起こる可能性については、言及していないからだ。

だけど、世界には、一日一食も食べられない子どもたちが何十億人もいることを考えれば、こんなことは贅沢な文句でしかないし、そもそも他人が作り、他人が運び、他人が値付けしたものを買うしかない都市生活というのは、信じること、つまり騙されることを受け入れことが前提なのだから、完全に納得のいく食料事情などあるはずはないのだ。

とはいえ、せめて成長期の子どもたちには、満足に食わせてやりたいと思うのが親心だから、とりあえず何かを信じて、自分の体で人体実験を続けるしかないことは覚悟しているつもりだ。

前置きが長くなったけれど、これと似たようなことが育児にも言えるように思うのだ。
つまり、絶対に安全安心、というものなんて存在しないのと同じく、「これをしておけば、良い子が育つ」とか「こういうことをする父親が家族をハッピーにする」なんていうのは、その人が信じたいだけであって、実際は誰にも分からないことなのだから。

以前も書いたが、もともと哺乳類には「父親」という概念、ロールモデルがはっきりしていない。

体力気力に並外れた遺伝子を引継いだ極少数のオスだけが、群れの頂点に立ち、家族に君臨するチャンスを得るが、それ以外のフツーのオスたちは、せいぜいボスの病気や高齢化を伺いつつ、棚ボタの世代交替を待つしかすべがない。
もちろんその間、妻や子を持つこともなく、悶々とした独身生活を耐え忍ぶしかないのだ。そうしたフツーで卑屈な姿が大部分のオスの本性と言える。
なんだか、これはよくある会社や金持ちの遺産相続の話みたいだね。

幼女をはじめとしたか弱い女性に目をつける性犯罪者、マンガやゲーム、DVDの中だけで興奮を収めるバーチャル男、立場の弱い部下にパワハラ、セクハラを繰り返す病質系の中間管理職が減らないのも肯定はしないが、根っこは同じ、常に抑圧されていることに起因するのではないだろうか。
しかし、群れのボスにしたところで、生殖以外はダラダラ昼寝ばかりして、特に子どもの面倒を見るわけでもない。
奮起するのは、他のオスが群れのメスを狙って接近してきた時だけだ。

こんなオスの姿は、ニンゲンのオスとして、ちっとも参考にならない。
だけど振り返れば、数万年の人類の歴史、文明の中にも参考になるものが、実はないのだ。

現在の日本人の父親モデルは、高度成長と核家族化がもたらした、冷たく歪んだ世界でのみ通用するシロモノだし、敗戦前は、日本人全員の父親が皇居に住む一人だけだったので、民族全員が家族、という部分では温かみがあったが、その結果がどうなったかは、知っての通り。

3千年以上続いた農耕時代は、かなりマシだ。
父親と母親がほぼ同格だったから。
耕作地が増えれば、それだけ収穫も増えるから、家族が多ければ労働力が増えて、それだけ家族が潤うわけだし、それは農業という性格上家族だけでなく村全体の協力関係なしには成立しないことから、子どもを村の宝として大切にした。子どもの成長を祝う祭事がこれほど多い国も珍しいみたいだ。
この際、子どもの親が誰であろうとあまり頓着なし。
豊穣を祝うお祭りでは、夜這いも含め、フリーセックスが解禁されていた。
母系制社会だった、ということだ。

しかし父と母は、男女の分け隔てなく朝早くから晩まで畑仕事だ。
必然的に育児は、畑仕事が出来なくなった老人や子どもたち自身が担った。
理には適ってはいるけれど、父親像という意味では、家族よりも共同体としての村のルールが優先されている分、個性が薄かったのではないだろうか。

こうして考えると、過去に学ぶべき父親のお手本は、ないということになる。
そして、たくさん出回っている育児雑誌、育児サイト、そしていま書いてるようなコラムにしても、時間つぶし以上の役には立たないはずなのだ。
(ま、「時間つぶし」そのものは、有益だと思うんだけど、ね)

カナダや北欧の育児スタイルをモデルにすべき、という人も多いけれど、もともとマリア信仰の強いキリスト教がベースにある国でうまくいっていることをカタカナを多用して表面的に真似ても、ロクなことにならない気がする。

というわけで、僕が信じたいと思うことは。
「笑顔」が導けることであれば、傍からみれば亭主関白的であっても、逆にカカア天下であっても、愛妻家であっても恐妻家であったとしても、育児パパを標榜するキッズコンシャス系であっても、そこにストレスがなくて居心地がよければ、それがその家族のスタイルとなるのでは、ということ。
僕は、カミサンに頭が上がらない分、子どもたちには相当威張っている。
このスタイルで、ウチの子たちが納得いくように育つかどうかは、何の確証もない。(願いは別にあるけれど)

で、過去にロールモデルを求められず、なんだかパッとしないなら、たくさんの記事や考え方に触れて試行錯誤して見つけるしかない、そう思うことこそが、一番の重圧というか、教科書的受け売りの思考方法。

結局、答えは、自分の中にあるし、子どもの瞳の中にあるような気がする。
子どもの瞳に、笑っている自分や、自分らしい自分が映っているということ。
最近、そう思うようになった。
育児というのは、自分に問い、自分を見つめる行為なのではないだろうか。

数日前の雨の朝、5歳のアイクと久々に歩いて保育園に行った。
ママチャリだと6分の距離だけど、歩けば10分以上かかる。
今、保育園で流行っている遊びのこと、製作中のレゴのスターウォーズのこと、次の日曜日の計画など、いつもよりもたくさんのおしゃべりができた。
そのうち、アイクがごく自然に僕の手を握ってきた。
小さいけれど、とても温かかった。
手を繋ぎながら歩いているうちに、こうして手を繋いで登園するのもあと3ヶ月、春からは小学生になるアイクに、このままでいてほしい、これがずっと続いてほしいと、この手の温もりを手放したくない、と自分でもびっくりするほど胸が熱くなってしまった。
その時、純粋に感じたことは、父でも友だちでもなく、ほんの数十年年上のオトコとして、こいつともっともっとたくさん遊びたい、という気持ちだった。

ただ「遊びたい」と本心から思った。
育てたいとか、いい子にしたいとか、一人前にしたい、という気持ちではなく。